CRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援システム)を導入した際、特によく見られる「アンチパターン」について論じたい。まずは、SFAを使い始める現場の状況を想像してみることが重要である。
大前提:SFA入力は「面倒な仕事」
営業担当者にとって、SFAに商談情報や活動状況を入力する行為は、本質的には「追加の仕事」である。はっきり言えば、面倒くさい仕事が増えただけ、というのが本音だろう。この大前提を理解せずして、SFAの定着はおぼつかない。
導入初期、当然ながらSFAには何のデータも入っていない。そこから営業担当による入力が始まる。
アンチパターンの発生プロセス
初期段階では蓄積されたデータが少ないため、マネージャー(上司)は入力されたすべての商談をチェックできるし、また、そうしがちである。
上司は部下に対し、「どんな些細なコトでも記録してほしい。それこそ、お客様とのエレベーターでの会話もだ」といった具合に、詳細な入力を求める。導入初期であれば、営業担当としてもその入力の意味(=ナレッジの蓄積)を理解はしている。
しかし、問題はここから発生する。
営業担当がその「些細なコト」を律儀に入力したばかりに、それを見た上司から個別の問い合わせ(詳細確認)が発生するのだ。「あの件はどうなっている?」「この会話の意図は?」といった具合である。
担当者からすれば、これは率直に言って「面倒くさい」状況でしかない。
負のスパイラルへ
この「面倒くさい」状況を回避したいという心理が働くと、営業担当はどう行動するだろうか。
答えは単純で、意図的にデータの入力をしなくなる、あるいは入力を遅らせるのである。
もっと言えば、面倒な問い合わせを避け、上司に報告せざるを得ないレベル、つまり商談の確度がある程度高まるまで、SFAへの詳細な入力を避けるようになる。問い合わせのきっかけとなる「些細なコト」を早期に入力しなければ、面倒は発生しないからだ。
結果、SFAにはデータが溜まらない。
データが溜まらないことに焦れた上司は、再度、部下にデータ入力を強く指示する。部下は(仕方なく)また些細なコトを入力する。すると、また上司からの問い合わせが発生する。「だから面倒なんだ!」という状況の再生産である。
これが、SFA導入初期における典型的なアンチパターンだ。上司が詳細を求めれば求めるほど、現場は入力をやめてしまい、結果として上司は商談の詳細が何もわからなくなる、という皮肉な問題である。
では、上司はどうすべきだったのか?
解決策は、驚くほど単純である。上司は、あるルールを徹底して守るべきだったのだ。
それは、「SFAに入力された商談の確度(=成約の可能性)が、設定したしきい値を超えてこないかぎり、担当営業に一切の問い合わせをしてはならない」というルールである。
特に、入力された情報に対して、さらに詳細な入力を求めるような行為は最悪だ。営業担当に「どうせ入力しても面倒が増えるだけだ。最初から情報入力しなければよかった」と強く思わせるだけである。
しきい値の目安と、上司の正しい振る舞い
では、その「しきい値」はどのくらいに設定すればよいのか。
一つの目安は、確度50%ある。商談がまとまる可能性が五分五分になったあたりだ。
確度が50%を超えてきた商談については、上司は「何かサポートできることはあるか?」というスタンスで、初めて営業担当とコミュニケーションを取るべきである。これは「問い合わせ」や「詰問」ではなく、あくまで「サポートの申し出」でなければならない。
確度50%未満の商談への対応:「褒める」と「閉じる」
では、確度50%に満たない商談は無視するのか? 否、そうではない。上司がすべきことは2つある。
1. 入力した事実を「褒める」
まず、「入力した事実そのものを褒める」ことである。それがどんなに些細な内容であっても、「入力してくれてありがとう」と評価するのだ。
そして重要なのは、確度が低い段階で「(前のめりに)サポートをしてはならない」ということである。なぜなら、入力した営業担当自身も「この商談がまとまるとも思っていない」可能性があるからだ。その段階で上司が介入しても、担当者にとっては余計なプレッシャーか、それこそ「面倒な」介入でしかない。
2. 停滞した商談を「クローズ」するサポート
ただし、上司がサポートできる重要な役割がもう一つある。それは「商談をクローズ(=失注処理)する判断」を手伝うことだ。
SFA運用において、確度レベルが低いまま中長期的に停滞している商談は、それ自体が「よろしくない状況」の一つである。こうした商談は、現実として、そのまま成約に至らない可能性が非常に高い。
ここで上司がすべきことは、まず「部下がその商談を進める努力をしているか?」をチェックすることである。その努力をした上で、なお商談の確度が上がらないのであれば、思い切って「商談不成立」としてクローズする判断を促すべきだ。
営業担当の貴重なリソースを、未来ある他の商談に集中させるためにも、この「見切りをつける(クローズする)」判断こそ、上司が部下を助けられる数少ないサポートの一つなのだ。
万が一、そのクローズした商談が後日復活することがあれば、その時点で復活させればよいだけである。
重要なのは、上司が「確度の低かった商談をクローズすることは、決して悪いことではない」というメッセージを明確に伝えることだ。それは営業担当個人のふるまいによって商談が成約しなかったわけではなく、単に現時点での見込みがなかったという「事実認定」に過ぎない。これを明確にすることで、担当者は次の新しい活動に臆せず進むことができる。
結論:上司が持つべき最重要意識
SFA導入初期段階において、最も大事なことは、「データが蓄積されていくこと」、ただそれだけである。
データの質や詳細度ではない。まずは「入力する」という行為そのものを定着させ、データが溜まっていくサイクルを作ることが最優先事項だ。
そのためには、上司が「詳細を知りたい」「介入したい」という気持ちをぐっと我慢し、しきい値以下の商談については「入力された事実を褒める」こと、そして「適切にクローズすることを助ける」ことに徹する意識が不可欠なのである。